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第17回 物流と通運業――アメリカの少量物品輸送の変遷(2)―

  • 2010-02-25 (木) 9:00
  • 物流

 前回は、アメリカにおけるフォワーダについて述べた。日本流にいえば通運業であるが、今回はアメリカの通運業、中でもREA(レールウエイ・エクスプレス・エイジェンシー)が航空フォワーダに結局負けて廃業にいたるプロセスについてそのさわりの部分を述べておきたい。

 REAが衰退し、航空フォワーダが急増したのはなぜかをはっきりさせておきたかったからである。航空フォワーダはエアラインと違って,本線区間(ラインホール)以外の業務を行うことできるが、アメリカの民間航空局(CAB,1938年創立)が認可権をもっていた。航空フォワーダが急増したためREAは衰退していったというわけである。

 航空フォワーダは、見る見るうちにREAの領域に進入した。1964年には100社であったものがわずか10年後の1973年には318社になった。営業収入も318万ドルから1625万ドルに急増した。ラインホール(本線)以外は航空フォワーダの時代になったといってよかろう。その結果、REAは1975年2月に遂に破産した。その理由は経営の怠慢なのか、それとも放漫経営なのか。規制政策を航空フォワーダに有利に運用したことが急増した原因であるというのが通説となっている。REAは前回も述べたように鉄道が出資して設立した会社である。そこに規制のゆるい航空フォワーダが進出してきて見る見るうちに市場を席巻した。これは単に経営の努力ではいかんともしがたい政策の問題である。ここに規制政策をめぐる政治と経済の複雑な関係が生まれる(それはどこの国でも同様である。)。特にアメリカの鉄道業の歴史はヨーロッパ資本(外資)を巻き込んだ歴史であり、アメリカ史を彩ったドラマであった。一昨年の金融危機とは様子は違うが、カネが踊ったという点では共通している。

 もちろんアメリカのターミナル業の争いは独立規制委員会(ICCとCAB)をバックにした航空対鉄道の戦いという要素を秘めているのである。ところがアメリカのターミナル業はここから近代化の一歩が始まるのである。航空フォワーダ対抗の手段が「ピギーバック」である。これは周知のように。コンテナと同じ単なる箱でしかないが、TOFC(トレーラー・オン・フラットカー:trailer on flatcar)がそれである。これは単に荷役の合理化だけでなく、フォワーダの資本装備になり、省力化になるから、それはそれで問題(所有と負担の関係)が発生する(運輸関係の労働問題の多くが近代化投資による。)。

 これは大変困難な問題を発生させるが、ここでは特に言及を控える。とはいえTOFCは、それがやがてインターモーダル輸送の中心になり、大きな足跡を残した。このような一連の改革を「物流革新」と呼ぶが、その内容は「インターモーダル輸送」であり、確かに格段の進歩をした。これまでも物流革新については多くが語られてきた。

 今回は話がどんどん飛躍しアメリカのターミナル業の発展史から鉄道業と航空業のドラマについて述べた。この種の話は机上の理論や紙の上からは知ることのできない話である。古老から話を聞いて記録に残す作業「オーラルヒストリー」が盛況である。通運業あるいはフォワーダ業についても「ピギーバッキング」の発展史は駅の効率にとっても大変重要である。いま金融業について「証券と銀行の関係」(ユニヴァーサルバンキング問題)が注目されているが、アメリカでは運送業の「マルチモーダル会社」について論争が展開された歴史があるので少しふれておきたい。

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