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第11回 物流と通運業――鉄道設備の寿命は無限か――

  • 2009-08-25 (火) 9:00
  • 物流

 交通のインフラストラクチャー(線路設備)の寿命はどれくらいの長さかと聞かれてもちょっと分かりにくいというのが正直なところであろう。昔から線路は会計上「取替資産」とみなしてきた。それはどういう意味かといえば、線路延長の長さにもよるが一定の耐用年数を経た後に一挙に取り替えるのではなく毎年少しずつ取り替えるから固定費的というより変動費的だから線路は取替資産として扱うのである。鉄道のように複雑な集合体の費用は固定費なのか変動費なのか分からない。

 若い時に運賃・料金を考える機会があったが、「個別原価」とは何かを理解するのに時間がかかった経験がある。だれかが決めた「制度」の問題であると気がついた時にはほっとすると同時にそれはだれがいついかなる理由で決めたのかが気になった。こんな風に鉄道の原価計算は気にしだすと際限がない。鉄道のようなさまざまな設備(部品)の集合システムの価値計算はまことに厄介である。おそらく鉄道の原価計算の専門家はほんの一握りではなかろうか。

 ここで前回の話に戻るのであるが、パナマ運河は永久資産なのか、仮に永久資産としても投下資本はどうして回収するのか(資本回収)が問題になる。パナマ運河の資本回収がどうなっているかは知らないが、収入があるということは「残余財産」価値があることを意味する。果たしてパナマ運河は価値があるのかないのかという重大な問題を(パナマ)国は抱え込んだことになる。資本維持の原則はどうなっているのか。話は飛躍するがこの問題はわが国でも「簡保の宿」の問題(認識の不一致)が起こったばかりであるが、ここでは触れない。

 一般に施設(固定資産)は、それを使用してもしなくても価値が低下する。利用とは無関係な価値の低下は「陳腐化」(オブソレッセンス)と呼ばれる。使用によって物理的生産能力が低下する現象は資本減耗である。たとえば去年までは100トン生産できた機械が今年は90トンしか生産できなくなった現象は「資本減耗」である。機械は使用することによって価値が低下するから「減価」する。その分を価値計算から引き算(控除)する手続きが「減価償却」である。この減価償却という会計上の手続きが導入され会計学の中にどかっと根を下ろしたのは19世紀に「鉄道」がでてきてからである。資本維持が必要な設備が普及するようになったからである。減価償却制度が会計学の性格を変えてしまった。それ以後の会計学は「現代会計学」と呼ばれる。ここまでの話はいわば教科書的な話であり、ここで書くこともない話かもしれない。

 しかし、減価償却という言葉の影に隠れている意味はまことに厄介である犯罪に直結しかねない意味を含んでいる。それは意図的に制度に違背した時であるが、過大に減価償却することは「利潤の費用化」を意味するから利潤隠しと等しい。それを元に運賃・料金計算をすれば詐欺になる。いきおい役所は監査に厳しい。鉄道運賃はもちろん交通関係諸料金問題について理論・制度・(実施)手続きについて徹底的に鍛えられた。なぜそこまでしなければならなかったか。もともとはトーマス・アキナスという哲学者のいう「公正取引論」に由来するのであるが、多くの学者がそのことを知らずに理論を振り回す。こんな話が話題になったのは1980年代であるから、リーガル・ガバナンス(法的統治)がようやく確立した時期である。いまやリーガル・ガバナンスの趨勢は英米法の時代になったということであろう。公共政策の学者でもついていけていないといったら言いすぎであろうか。

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